こどもは中耳炎になりやすい?
残念ながらそのとおりです。4歳までのお子さんのおよそ半分(100人のうち45~60人)が、毎年、耳のいたみや耳だれ(耳漏)が出たり、聞こえにくくなったりする急性中耳炎にかかります。お子さんが成人すると急性中耳炎にかかるのは100人のうち毎年1~2人だけです。
( https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0036226)
この違いは、耳の形、特に、こどもの「耳管(じかん)」と呼ばれる、のど(上気道)とみみ(中耳)をつなぐ「管」の働きが大人になるにつれて、成長して大きく変化することに原因があります。
耳管の働きについて少し説明します。
この耳管は普段閉じていますが、何かを飲み込んだり、あくびをして上あご(口蓋垂の前の柔らかい部分、軟口蓋ともいいます)が動いたときに、上あごと耳管を支える軟骨とをつなぐ筋肉の働きで開きます。
「耳」が必要とする「空気」は、少しづつ耳で消費されますが、足りなくなった空気はこの上あごの働きで管が開いたときに、「のど」から「耳」へ流れ込みます。(Eustachian Tube: Structure Function Role in Otitis Media, Charles Bluestone, BC Decker 2005)
耳管は成長するにしたがって、管は長くなり、起きた状態でのどから耳に向かう耳管の傾きは急になります(10°から45°になります・・・緩やかなスロープから急な階段くらいの傾きの変化です)。(Eustachian Tube: Structure Function Role in Otitis Media, Charles Bluestone, BC Decker 2005)
その他にも、軟骨と筋肉の角度が安定しなかったり、管が狭かったり、軟骨のサイズや骨の密度が小さかったり、あるいは耳(中耳と乳突洞)そのものが小さかったり と様々な違いによって、こどもは中耳炎にかかりやすくなっています。
次に、こどもが特にかかりやすい中耳炎「急性中耳炎」と「滲出性中耳炎」について説明します。
急性中耳炎
急性中耳炎にどうしてなるの?
急性中耳炎は、多くの場合、上気道炎いわゆる「かぜ」をきっかけに始まります。
「かぜ」はウイルス性の病気ですが、鼻やのど(鼻腔や上咽頭)、それから耳管や中耳の粘膜の粘膜に炎症を引き起こし、その結果、これらの部位の粘膜が腫れあがります。そうすると、飲み込んだり、あくびをしたりしたときに開いていた「耳管」が開かなくなり、中耳の粘膜から分泌された分泌物(気道の粘膜から分泌される、痰のようなものをイメージするとよいかもしれません)が溜まってしまいます。
耳管が正常に機能している間はのどに向かって押し出されていたウイルスや細菌(ばい菌)が結果として中耳に住み着くことになり、増殖することで急性中耳炎となると考えられています。
急性中耳炎の診断は難しいの?
急性中耳炎の診断は耳の穴のいちばん奥にあるなかば透き通っている、半透明の「鼓膜」を通して中耳を観察したり、鼓膜への中耳炎の影響を観察したりすることで診断できます。
3学会合同委員会によるガイドライン(小児急性中耳炎診療ガイドライン2018年版) では、「鼓膜の発赤、膨隆、耳漏(すべての所見がそろわないこともある)、急性中耳炎に付随する鼓膜所見として光錐減弱、肥厚、水疱形成、混濁、穿孔を認めることがある。」と定義しています。
これらは鼓膜をしっかり観察すれば確認できますので、診断は比較的易しいといえます。
観察の際に、重症度の診断に必要な鼓膜の発赤部位(赤くなっている場所)、鼓膜の膨隆部分(腫れ上がる部分)、耳だれ(中耳から出る膿)が出ているかを確認し、さらに年齢、耳の痛み、不機嫌かどうかを加えて、軽症、中等症、重症の3つの重症度を診断します。
また、ガイドラインでは「鼓膜の観察には手術用顕微鏡、内視鏡での診察が望ましい」 としていますが、いながき耳鼻いんこう科クリニックでは、手術顕微鏡、高解像度(4K)内視鏡を用いたどちらの診察にも対応しています。
急性中耳炎の治療は?
ガイドラインによって勧められる治療は重症度によって異なります。古くから用いられる抗生剤(ばい菌を殺す薬)であるペニシリンの一種、アンピシリンを通常より多く使う(高用量)のが基本です。軽症の場合には痛み止めだけで様子をみたり、重症例には鼓膜切開をしたり、より新しい薬を使ったりします。 いずれの治療でも、3、4日後に治療の効果が充分かどうか、確認することが勧められています。
一方、診療ガイドラインは急性中耳炎で耳鼻いんこう科を受診される多くのお子さんによい医療を受けていただくことが出来るように考えられていますが、すべてのお子さんに当てはまるわけではありません。
例えば、急性中耳炎を引き起こす細菌はインフルエンザ菌(インフルエンザウイルスとは違って細菌のインフルエンザです)が最も多く、次いで肺炎球菌、黄色ブドウ球菌が原因となりますが、 日本では海外に比べて抗生剤が効きにくく、抗生剤が効きにくい細菌が中耳炎を引き起こしている場合には、ガイドラインに沿った抗生剤治療では不十分となる可能性があります。
例えば、最近の全国調査の結果では、急性中耳炎を引き起こすインフルエンザ菌のうちアンピシリンが効きにくいBLNARやBLPARと呼ばれるインフルエンザ菌が原因で急性中耳炎となるケースは、急性中耳炎の6割以上あると報告されています。
さらに、黄色ブドウ球菌には普段用いられる抗生剤では効果がないMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と呼ばれる細菌が中耳炎の原因となることもあります。 急性中耳炎が治るお子さんに悪影響を及ぼす可能性がある要素、リスクファクターとも呼ばれますが、たとえば、糖尿病などの免疫が抑制された状態、耳管を開放させる筋肉に異常がある、人工内耳埋め込み、ビタミンA欠乏症、アレルギー、(乳児の場合)完全ミルク育児、集団保育、反復性中耳炎にかかった血縁者がいる、といった項目にあてはまる場合には、ガイドラインが勧める治療では効果が不十分な可能性があります。
このような場合には検査を行ってどのような悪影響があるのかを見きわめた上で、状態に合わせた治療が必要となります。
いながき耳鼻いんこう科クリニックでは、重症度を院内で耳漏の細菌の染色検査、1-2滴の血液で行える糖尿病検査、鼓膜切開、鼓膜チューブ留置などの中耳炎治療にも対応しています。
滲出性中耳炎
滲出性中耳炎はどんな病気?
鼓膜の奥、「中耳」には普段空気が入っていますが、ここに中耳の壁からしみ出てきた(医学用語で、滲出するといいます)液体が溜まる病気です。
鼓膜の奥に溜まった液体が耳栓のような役割を果たして、聞こえにくくなります。実際に、こどもが難聴にかかる原因としていちばん多いのが滲出性中耳炎です。
ちなみに、学会のガイドラインでは「鼓膜に穿孔がなく、中耳腔に貯留液をもたらし難聴の原因となるが、急性炎症症状すなわち耳痛や発熱のない中耳炎」と定義されています。(日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
どうして滲出性中耳炎になるのか?
滲出性中耳炎の原因はまだ完全に確定したわけではありませんが、主に、細菌が「バイオフィルム」と呼ばれる細菌自身を守る仕組みによって、細菌感染が慢性化することが最も大きな原因となっていると考えられています。( Pauline Vanneste, Cyril Page, Otitis media with effusion in children: Pathophysiology, diagnosis, and treatment. A review、Journal of Otology 14 (2019) 33-39
日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
そのほかにも、鼻の奥のアデノイドと呼ばれるリンパ組織が大きくなって、耳管から空気が入るのを妨げたり、花粉症に代表されるアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、耳管が閉じにくくなる状態(耳管閉鎖障害)が、原因となると考えられています。( R MILLS, I HATHORN Aetiology and pathology of otitis media with effusion in adult life, The Journal of Laryngology & Otology (2016), 130, 418–424.
日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
滲出性中耳炎の診断は?
鼓膜の奥の中耳に溜まった液体(滲出液)をしっかりと観察して診断します。
学会のガイドラインでは、「診察にあたっては、手術用顕微鏡、耳内視鏡または気密耳鏡による鼓膜の詳細な観察が望ましい」とされています。
また、中耳に溜まった液体は鼓膜の振動を妨げるので、鼓膜の振動を測定する器械、ティンパノメトリ も診断に用いられます。(日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)また、どのくらい聞こえにくいのかを年齢に応じた聞こえの検査で診断します。
さらに、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、アデノイドの大きさなど内視鏡で確認し、滲出性中耳炎の原因を診断します。
滲出性中耳炎の治療
滲出性中耳炎であれば、すべて治療が必要であるというわけではありません。
学会のガイドラインでは、鼓膜の状態が正常であればまず3か月間は経過をみるように勧めています。しかし、鼓膜が凹んだり薄くなったりと鼓膜に異常がある場合や、3ヵ月の経過をみても滲出性中耳炎が治らない場合には、治療することが勧められています。(日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
お薬での治療にはカルボシステインという痰を取り除く働きのある薬が選択肢となります。効果と副作用が少なさで、安心してお勧めできるお薬です。また、アレルギーや副鼻腔炎があり滲出性中耳炎の原因と考えられる場合には、症状に合わせた内服をお勧めします。(日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
直りにくい場合に、細菌の慢性感染が原因として疑われる場合には、細菌の「バイオフィルム」に効果のある抗菌薬の治療を行うことがありますが、抗菌薬治療にはデメリットもあり、メリットを慎重に検討する必要があります。( Venekamp_RP, Burton_MJ, van Dongen_TMA, van der Heijden_GJ, van Zon_A, Schilder_AGM.
Antibiotics for otitis media with e*usion in children.
Cochrane Database of Systematic Reviews 2016, Issue 6. Art. No.: CD009163.
日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
また、お子さんの聴力測定で難聴がやや目立ち、言語発達への影響が心配される場合や、鼓膜の凹みが強くなり後遺症が残りそうな場合には、中耳に鼓膜を通して空気が入るように鼓膜換気チューブを鼓膜に挿入する手術を行います。
難聴は5歳以上であれば音が聞こえたらボタンを押して知らせてもらう純音聴力検査を、4歳以下では条件反射を利用したり、遊びながら検査をしたりする条件詮索反応聴力検査や遊戯聴力検査で検査を行います。このような検査はお子さんの集中力に影響を受けるなど検査が難しい場合があり、その場合には音が聞こえると自然に出る脳波で検査を行います(聴性脳幹反応)。この場合、小雨の音や図書館での小さな物音が聞き取れない(聴力閾値が40dB以上)場合が、手術の目安となります。(日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会編、小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2015年版、金原出版、2015)
いながき耳鼻いんこう科クリニックでは、お子さん用にも安心してお使いいただける、細径高解像度内視鏡による診察の他、お子さんの聴力を正確に測定できるよう、純音聴力検査以外にも条件詮索反応聴力検査や遊戯聴力検査、聴性脳幹反応といった聴力検査にも対応しています。また、手術用顕微鏡や高解像度内視鏡を用いた鼓膜チューブ手術にも対応しています。